司法書士の佐藤幹彦です。
今回は、相続放棄についてです。
※この記事では、限定承認についての説明は割愛します。
相続とは(おさらい)
この記事↓でも書きましたが、相続とは「亡くなった人(被相続人)の遺産を、その一定の親族(相続人)が引き継ぐこと」でした。
ところで、相続によって相続人が引き継ぐ財産(遺産・相続財産)には、積極財産(プラスの財産)だけでなく、消極財産(借金等のマイナスの財産)も当然に含まれます。
そこで、たとえば相続財産中の多額の負債により債務超過になる場合等、相続により相続人が大きな不利益を被るようなケースでは、相続人の生活を守るためにも「相続放棄」をしたほうがよい場面もあり得ます。
相続放棄って、どういうこと?
相続放棄とは、ものずごくざっくり言うと「相続人の地位を自らおりること」です。
民法では、第938条~940条に、相続放棄についての規定が置かれています。
(相続の放棄の方式)
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
第九百三十八条 相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
(相続の放棄の効力)
第九百三十九条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
(相続の放棄をした者による管理)
第九百四十条 相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
2 第六百四十五条、第六百四十六条並びに第六百五十条第一項及び第二項の規定は、前項の場合について準用する。
相続放棄をすると、最初から相続人ではなかったものとみなされます。(939条)
そもそも最初から相続人ではなくなることから、相続人間での遺産分割協議に加わることもできず、相続財産の分配を受けることもできなくなります。
また、いったん相続放棄の意思表示をすると、その後の事情の変更があっても自由に撤回することは許されません。
相続放棄するとどうなる?
相続放棄すると、その者が相続人でなくなるのは当然ですが、次の例3のように次順位者が繰り上がって相続人となる等、相続放棄した者以外の者に影響が及ぶ場合があるので、注意が必要です。
また、相続放棄をした者が相続財産を占有している場合は、相続人又は相続財産清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって維持管理を行う義務があります。(940条1項)
相続放棄をしたからといって全責任を免れるというわけではありませんので、念のため。
【具体例】
Aが死亡し、相続人となるのがAの子BCDの3人で、Aの父Dも存命だとします。
(Aの配偶者はAよりも先に死亡しており、Aの直系尊属はD以外にいないものとします。)
父D---(被相続人)A---子B・C・D
例1:誰も相続放棄をしない場合
相続放棄がなければ、Aの子であるBCDが第1順位の相続人として共同相続人となります。
その上で、BCD間の遺産分割協議によって、たとえば「Aの相続財産は全てBが取得する」(CDは相続財産を一切取得しない)とすることが可能です。
この場合に相続財産を取得しないCDは、相続人の立場で協議に参加します(結果的に相続財産の分配を受けないだけであり、「相続放棄」をしたわけではありません。)
例2:CとDが相続放棄をした場合
CとDがそれぞれ相続放棄をした場合は、CもDも最初から相続人ではなかった(一瞬たりとも相続人とはならなかった)こととなります。したがって、Aの子のうち相続人となるのはBのみとなり、遺産分割をするまでもなくAの単独相続人となります。
CとDは、最初から相続人ではないことになるため、遺産分割の当事者にもなりません。
例3:子全員(BCD)が相続放棄をした場合
Aの子であるBCDの全員が相続放棄をした場合は、BCDがいずれも最初から相続人ではなかったこととなります。その結果、第1順位の相続人(被相続人の子とその代襲者)の全員が最初から存在しないこととなり、次順位(第2順位)の相続人であるAの父Dが繰り上がって相続人となります。
また、この場合においてさらにDが相続放棄をすると、Aに兄弟姉妹がいないため、相続人となるものがいない状態(相続人不存在)となります。もしAに兄弟姉妹がいた場合には、次順位(第3順位)の相続人であるAの兄弟姉妹が繰り上がって相続人となります。
相続放棄の手続は?
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければなりません。(民法第938条)
なお、相続の開始前(被相続人の生前)に相続放棄をすることはできません。
相続放棄の申述は、自己のために相続があったことを知ったときから3か月以内にする必要があり、この期間のことを「熟慮期間」といいます。
なお、熟慮期間の伸長が必要な事情がある場合は、家庭裁判所に期間の伸長を請求することができます。
相続放棄ができないケース
次の場合には、相続人が相続について単純承認をしたものとみなされ、相続放棄をすることができなくなります。(法定単純承認・民法第921条)
①相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。
②相続人が熟慮期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
③相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。
お早めに専門家へ相談を
相続放棄を検討する必要が出てくるようなケースでは、
①相続人調査・財産調査を行い、
②調査結果を踏まえて相続放棄をするかどうかを判断・決定し、
③申述手続をする、
というプロセスを熟慮期間内に完結させる必要があります。とにかく早め早めの対応が鍵となります。
もし相続放棄により繰り上がって相続人となる方がいればその方も含めて対応を検討する必要があり、単に家庭裁判所に申述書を提出すれば万事終了というものではありません。
そのため、進め方を間違えると、かえって親族間のトラブルを大きくしてしまいます。
相続放棄を検討する場合には、お近くの弁護士又は司法書士に御相談されることをおすすめします。
司法書士は、裁判所提出書類の作成を業務範囲としていますので、相続放棄申述の手続を一定の範囲内でお手伝いすることができます(ただし、家庭裁判所における手続代理人となることはできません。)。
相続する負債が多額にのぼるケース等の複雑な事件は、弁護士に相談された方がよいでしょう。